<1>

 反乱兵のざわめきの中に、扇動者の声が響いている。
 
「アーネムの野郎だ。とんでもない奴だ。あいつは、俺たちを裏切り者にする」

 二三、賛同の叫びが上がった。
 扇動者の声は続いた。

「奴は王にでもなったつもりなんだ。だが、奴のやったことを見ろ」

 クーは歩みを速めた。
 遠く、兵舎に囲まれた営庭から聞こえてくる兵らのざわめきは、
 どれも、不満を口々に言い立てるものだった。

「そうだっ」
「俺たちは、犬死にはごめんだっ」

 聞きおぼえのある声が多い。
 反乱兵たちが、クーにとって一番の古馴染みである海軍マスケット銃士隊なのだから、
 それは当然のことだろう。

 扇動者の声が、再び風に乗って、クーの耳にまで届く。
 
「今こそ俺たちは、自由の民ニューソク人としての権利を行使する時だ。
 つまり、俺たちは金輪際、偽王の命令、いつわりの軍規に縛られることはなく――」

一.
<――七日前――>

「物音を立てるんじゃないんです!」
「そんなことは、わかってます! ビロード君こそ静かにしなさい!」

 植民地軍が大敗を喫したニューソクタウン郊外の戦いから、一ヶ月ほどが経っていた。

 ばらばらに逃げた植民地軍の兵士たちは、
 ヴィップ大陸各地に点在するコロニー(植民都市)に三々五々逃げ込み、
 負傷者の収容と軍組織の立て直しを行った。
 
 2つの幸運が、植民地軍の兵士たちの助けとなった。

 1つは、多くのコロニーが、独立の方針に賛成し、アーネムに協力する姿勢を見せたこと。
 どの都市も、ヴィップに対する本国ニューソクのやりかたに、怒りを覚えていたのだ。
 
 もう1つは、カラマロス大佐の最後の献身。
 彼の捨身の攻撃は、勝者であるニューソク軍の側にも、少なからぬ打撃と混乱を与えていた。
 ために、フィレンクト将軍率いるニューソク軍も、
 潰走したアーネムの軍を即座に追撃することは不可能な状態であった。

 だがフィレンクト将軍は、この期間を無駄に過ごしたわけではなかった。
 彼は軽歩兵と騎兵を組み合わせた応急の斥候部隊を多数編成し、
 ヴィップ大陸各地に派遣して、敗残兵狩りに精を出していた。

 ニューソクタウン郊外から逃れた植民地兵たち。
 彼らは将軍の追跡の手を逃れるために、ヴィップ大陸の奥へ、奥へと逃げ続けた。

 その運命は、様々だった。

 何の障害にもあわず、アーネム軍の本隊に合流できた者は、
 言うまでもなく最も幸運な者たちであった。

 善良な慈悲のある隊長に率いられたニューソク斥候部隊は、
 植民地軍の敗兵を追い詰めた後、降伏を迫った。
 降った者に対しては、同じニューソク人としての寛大な処遇を行った。
 これらの植民地兵もまた、幸運であったと言えよう。

 そして、そんな幸運からは見放された敗兵群……
 全ての斥候部隊の指揮官が、慈悲を知っていたわけではなかった。

 敗兵たちのことや、ヴィップ植民地の住人を、人間と見なすかどうか。
 その如何は、各斥候隊の隊長に一任されていたのだ。

 ビロードとワカッテマスが潜伏していたコロニーにあらわれたニューソク兵の一群も、
 どうやらそちらの類の指揮官に率いられているらしかった。

 ワカッテマスは、隠れていた家畜小屋から少し顔を出し、表の様子を伺っていた。
 数人の赤服が横隊を組んで、生垣の藪の中を捜索しつつ、進んでいく。

「しつこい奴らです!」

 羊や豚の悪臭に辟易しているビロードが、後ろで小さく毒づいた。
 二人が、家畜の糞尿が染みついた敷き藁の中に身を潜めたのは、今日の夜明け前のことだった。
 今、小屋の中に差し込む日の光は、夕日を示すはっきりしたオレンジ色になろうとしていた。

 十数軒の家からなる、小さなコロニーだった。
 果樹園と小麦農地を持ち、郊外には牧草地が広がる、何の変哲もない開拓村だ。
 
 村人は全員、教会前の広場に集められていた。
 老人と女子供が多かった。
 銃を撃てる男はみな兵士としてアーネムの植民地軍に参加しているので、この村にはいないのだ。

 その村人のまわりを、ぐるりと赤服たちが囲んでいる。
 そして、装填したマスケット銃の冷たい銃口を、村人たちに向けている。

 輪から少し外れた場所に、一台の小型馬車が止まっていた。
 その豪華な装飾と華奢なつくり。
 どこかの貴族の館から徴発したものであろうその黒塗りの馬車は、
 おおよそ戦場の雰囲気からはかけ離れたものだった。

 敗残兵狩りである。
 赤服たちは、無人となった村の家々を、植民地兵を探して荒らしまわっていた。

 ドアをけり破り、ソファを銃剣で裂き、家具を乱暴にひっくり返し、床板を剥がした。
 食器棚を中の食器ごと倒して、その裏の壁に隠し通路が無いかを確かめた。

「いません!」
「ここにもいません!」 

 赤服たちの報告の声が飛び交う。
 馬車の横に立つ、軍曹の肩章をつけた指揮官が、唸り声を上げた。

「村長!」

 軍曹は腹立ちまぎれに、村人の群れの一番前にいる老人を怒鳴りつけた。

「だから、ここにはおらんと、何度もいうておろうが」

 老人は相手を刺激しないよう、わざとゆっくりした口調で語った。

「植民地軍の敗残兵など、かくまうどころか、わしらは一度も見ておらん。
 わしら自身の息子たちすら、戻ってきておらんのだ」

 軍曹はもう一度、唸り声をあげた。

 その時、傍らに止められた馬車の中から、かすれた苦しそうな声が上がった。

「いない、わけが、ない」

 ききとれないほどの小さな声だったが、
 軍曹はバネ仕掛けの人形のように直立の姿勢をとり、声の続きを待った。

「ボクの情報網を、みくびってもらったら、困る」

 馬車の窓から、黒いフードを目深に被った人物が身を起こすのが見えた。

「か、隠れて、いるんだ…。
 もっと、よく、探すんだ。全ての天井、を剥がしたか? 全ての水瓶、を壊したか?
 見つかるまで、徹底的に……」

「もう十分やったじゃろう。いい加減勘弁してはくれんか、隊長さん」

 村長が馬車に向かって語り掛けた。

「これ以上、村を壊すのはやめてくれ。
 この村はあんたらにとっても意味のある村なんだ。
 この村は、あんたらの副将軍のタンブルストン卿が作った……」

 老人の言葉は、不自然に中断された。
 馬車の中の人物が、老人の言葉の一つに瞬時に反応し、ぎらつく目を向けたためだった。

 暗がりの中、馬車の中の顔もよく見えないが、
 老人はなぜか、それ以上、何も言えなくなった。

 銃口を向けられた時も、軍刀で脅された時も、こんな気持ちにはならなかった。
 恐怖で、下した手が震えていた。

 沈黙の後、馬車の中から声がした。

「焼け」

「は?」

 軍曹が問い返した。
 その声には、驚きがあった。

「火を、点けろ」

「はっ、で、ですが…?」

 軍曹は狼狽した。
 一時的な敵対関係にあるとはいえ、ここはヴィップである。
 ニューソク領の、ニューソク人の村である。
 同胞の住む村に、火を…?

 馬車から、それ以上の返事はなかった。
 ただ、村長に向けられていた目が、軍曹のほうに向きなおっただけだった。

 それで、軍曹は動き出した。
 赤服から赤服へ、命令が中継され、伝えられた。

 村が、焼かれた。

 暖炉の熾火が吹き起こされ、絨毯の上に撒かれた。
 火縄用の遅延火薬が点火され、家々の板張りの床の上に置かれた。
 打ち壊された家具が部屋の真ん中に積み上げられ、その下に置いた藁に火がつけられた。
 もっと単純に、照明用の松明に火を点け、窓から投げ込まれた家もあった。

 いくらかして、数条の細く黒い煙が、村のあちこちで上がり始めた。
 それはやがて赤い光を伴うものとなり、
 夕闇が覆い始めた村の、新しい光源となっていた。

 かすかに、だが、やがてはっきりと、火がはじける音が聞こえてきた。

 教会前の広場に近い家の窓ガラスが割れ、そこから炎が外に向かって吹き出した。
 その光と熱が、教会前に集まった赤服と、集められた村人たちを照らした。

 銃剣を突き付けられた住人は、家族ごとに固まり、抱き合っていた。
 誰も、何も言わなかった。
 不思議と、小さい子供も鳴き声を上げなかった。

 家が、焼かれる。
 畑が、焼かれる。
 家畜小屋も、小麦も果樹も、
 コロニー住人の持つすべてが、炎に包まれていく。

 ヴィップ人たちは、自分たちの生活が崩壊していく様子を間近で見せつけられた。
 唸りながら猛りだした炎に照らし出されたその顔は、
 ただ、静かな憎悪の視線を、馬車の中の何者かに向けて送っていた。

「そろそろ、出るぞ」

 その馬車の中から、聞き取りにくい例の声が、軍曹に語り掛けた。

「はっ…?」

「出るぞ。炎に炙り、出された、植民地軍の、ネズミどもが、な…」

 はっ、と、軍曹が気を取り直した。
 そして炎に飲まれる同胞の村を、同じように複雑な表情で眺めていた赤服たちに、
 荒々しい大声で指示を出した。

「分散して村を囲め! 敗兵を一匹も逃がすな!!」

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